Saturday, June 15, 2013

大胆に語る

「いつものように今も、大胆に語ることによって、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストがあがめられることである。わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。」ピリピ1章20-21節
        
「若い人はどうしておのが道を清く保つことができるでしょうか。み言葉にしたがって、それを守るよりほかにありません
わたしはあなたにむかって罪を犯すことのないように、心のうちにみ言葉をたくわえました。」(詩篇119:9.11)著者は、唯一の神さまの御言葉を心に、清潔な人生を歩む決断をしました。
人の清々しさは、その生き方が明瞭で神さまの指し示された道に真っ直ぐに進む姿といえましょう。聖書は、人生には山坂があって困難もするけれど、神さまが一人一人を一人一人として愛して下さっているのですから、「神さまの御心」を求め続けて前進するようにと教えているのです。神さまの恵みの中にいる事を自覚して、「あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。」(ローマ6:14)と教えます。しかし同時に、「信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。」(10:14)と、イエスをキリストと信じて喜んでいる人に、問いかけています。恥かしさや失敗を恐れず、信じているあなたしか語ることの出来ない、「救われた喜び」を、大胆に熱心に、しかし人を怖れず、神さまから頂いている愛をもって、語り伝えて参りましょう。「完全な愛は恐れをとり除く」Iヨハネ4章18節