Sunday, June 30, 2013

父の御言葉

「もしだれでもわたしを愛するならば、わたしの言葉を守るであろう。そして、わたしの父はその人を愛し、また、わたしたちはその人のところに行って、その人と一緒に住むであろう。わたしを愛さない者はわたしの言葉を守らない。」  ヨハネ14章23~24節
        
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」(ローマ8章28節)このお約束は、今日も生きています。そう信じて生きるということは、仮想空間にいる、仮想人生の実践ではないのです。現実の世界の中で、旅人のように、天国というゴールを目指して進む私たちの具体的な生活なのです。(Iペテロ2:11)ですから、自分勝手な聖書解釈に基づく生活であってはならないのです。聖書が勧める清い生活とは、全てにおいて聖書の御言葉に合致したものでなくてはならないのです。色々なメディアを通じてなされるいわゆる大衆伝道の中には、聖書通りの結論ではなく、感情の赴くままに進むことが聖書の教えであるかのようにすすめ、理性的なきちんとした罪の悔い改めに導く教えをとばして感情的な雰囲気こそ大切であるかの様に教えるものがあります。そうした聖書解釈に導く働きを、私たちは異端的なものとはっきり退け、あくまでも聖書だけが唯一の規範であり、信仰生活を導くものであることを、今日も確認してまいりたいと願います。世の大衆が願うことが正義であるとは、考えません。
その立場で好都合なことが正義でもないのです。真の義は、「イエスがキリスト」と告白する聖書にあるのです。