Thursday, October 3, 2013

神の子となる力

「しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」  ヨハネ1章12節 
 「これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。」(ヨハネ20:31)と著者ヨハネは、この書を書いた目的を明確に伝えています。①イエスが主である②イエスをキリストと信じる人は、生命を得ることが出来るという、聖書存在の根本的目的が表わされているのです。「主なるキリスト・イエスを宣べ伝える。わたしたち自身は、ただイエスのために働くあなたがたの僕にすぎない。 「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。」(IIコリント4:5-6)と記し、キリストの輝きに通じる輝きを私達にも与えて下さっており、顔の輝きで主にあって喜んでいることが分るようにされているのです。ですから、あなたの行いを見て、キリスト者にふさわしいと気付いていただけるとしたらなんと幸いな事ではないでしょうか。「キリストを知る知識の香り」(IIコリント2:14)を放っている人、言葉や行いがキリスト特有の教えに基ずいていると認められる兄姉は、素晴らしい感謝な証しをもっているということが出来るでしょう。こうした証しの姿は、水野源三の詩にみられる「金太郎飴」の様に、私たちのイエスに対する証しの姿となることを願わずにはおられません。表題の聖書の言葉に見られる「神の子となる力」が与えられているということの素晴らしさを表わし続けましょう。