Saturday, March 1, 2014

あなたの技を知っている

「わたしはあなたのわざを知っている。すなわち、あなたは、生きているというのは名だけで、実は死んでいる。目をさましていて、死にかけている残りの者たちを力づけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの神のみまえに完全であるとは見ていない。」 黙示3章2-3節
 聖書の神は、全知全能の神さまで、「あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、わがもろもろの道をことごとく知っておられます。」(詩篇139:3)とほめたたえるのにふさわしいお方です。また、「あなたは座しているとき、恐れることはなく、伏すとき、あなたの眠りはここちよい。」(箴言3;24)と造り主の全知全能の守りを感謝することができるのです。私たちの全てをご存知の神さまは、ヨハネの黙示録のサルデスの教会に宛てて、私たちの行いをすべて知っておられると言われるのです。しかも、主にあって生き生きと生活しているように見せてはいるけれど、それは外面だけで、その内実は、世に負けて霊的に死んでいるというのです。「目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。 今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。」(使徒20:31-32)と叱咤しているように、信仰の初めに戻りなさいと言うのです。信仰生活は、あくまで、キリストに習う生き方をし続けることなのです。目新しいことが幸いなのではなく、キリストに似るものとなる日々の歩みの連続こそが、大切なのです。