Wednesday, March 26, 2014

あなたの名を持って唱えられている者

「 わたしはみ言葉を与えられて、それを食べました。み言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました。万軍の神、主よ、わたしは、あなたの名をもってとなえられている者です。」 エレミヤ15章1節
 イスラエルの有力な民はバビロンに幽閉され、神さまに不従順であることの報いを経験していた。若い預言者として神さまはエレミヤを立てました。「あなたはただ若者にすぎないと言ってはならない。だれにでも、すべてわたしがつかわす人へ行き、あなたに命じることをみな語らなければならない。 彼らを恐れてはならない、わたしがあなたと共にいて、あなたを救うからである」と主は仰せられる。」(1:7-8)のです。神は不従順な民を判定して、「この悪しき民はわたしの言葉を聞くことを拒み、自分の心を強情にして歩み、また他の神々に従ってこれに仕え、これを拝んでいる。」(13:10)「主はわたしに言われた、「この民のために恵みを祈ってはならない。彼らが断食しても、わたしは彼らの呼ぶのを聞かない。燔祭と素祭をささげても、わたしはそれを受けない。かえって、つるぎと、ききん、および疫病をもって、彼らを滅ぼしてしまう」。(14:11-12)
と。こうした神の厳しい裁きの中でエレミヤは、「わたしはみ言葉を与えられて、それを食べました。み言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました。万軍の神、主よ、わたしは、あなたの名をもってとなえられている者です。」(15:16)と告白するのです。いかなるお言葉でも、主のお言葉であれば、その全てをいただき、喜び楽しむのです。私たちイエスをキリストと告白する者は、「主の名をもって唱えられている者です。