Saturday, April 12, 2014

貧しい者たちの幸い

そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。」ルカによる福音書6章20節
 著者ルカは1章の書き出しに、救い主イエスさまの間近にいて、その活動を時間の流れに沿って順序よく記録に留めようとしたと記しています。上記の箇所は、マタイ福音書5章~8章1節の「山上の説教」と言われているイエスさまの説教なのです。その中心に位置する「幸い聖句」の第一番目が、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである」(ルカ6:20)なのです。この幸い聖句は、主にある貧しい者は、神の国を得る。主にあって飢えている者は飽き足りる。主にあって泣いている者は笑うようになる。主のために汚名を着せられている者は、天国で受ける報いは大きい。と続きます。(6:1-24)20節の貧しい人はどんな人々でしょうか。現在経済的な不足を覚えている人を指しているのでしょうか。並行記事のマタイ6:3の「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。」から、主にあって心を貧しくさせることを表わしていると思うのです。主を求める心は、他の何ものも持たないで、ただ主だけを目指し第一に求めるのです。「彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」(ヨハネ1:12)「自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。 」(ローマ10:9)と示されるお言葉からもその意味が受け止められると思われます。主だけを見上げましょう。