Saturday, June 21, 2014

キリスト者の品性

「ところが、わたしたちの救主なる神の慈悲と博愛とが現れたとき、 わたしたちの行った義のわざによってではなく、ただ神のあわれみによって、再生の洗いを受け、聖霊により新たにされて、わたしたちは救われたのである。」    テトスへの手紙3章4~5節
 パウロはパトモスに遣わしたテトスにひとつの働きを申し
つけました。パトモスの長老たちの中で、信頼に値する人を選んでパウロの意図を汲んで真の長老を据えることだったのです。この働きのためにパウロは、3章で「あなたは彼らに勧めて、支配者、権威ある者に服し、これに従い、いつでも良いわざをする用意があり、 だれをもそしらず、争わず、寛容であって、すべての人に対してどこまでも柔和な態度を示すべきことを、思い出させなさい。」(2-3)と説くのです。かつては無分別hな不従順なものであったのですが、神の憐れみによって聖霊による新生を受けて変えられたのだと言うのです。神さまの恵と力によって変えられた者は、新しい性質と品性を持って主に仕える者となるのです。私たちも新しい品性を備えた者にふさわしい姿勢、言葉、交わりを続けるものとなりましょう。主は私たちに、私たちに出来る範囲の注意力を持って行動するように求めておられるのです。テトスもギリシャ系のユダヤ人ですから、ペテロたちのように割礼を求められたと思われますが、パウロは、外見的な印である前に霊的な割礼の必要を説き、「キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。」(ガラテヤ5:6)「割礼のあるなしは問題ではなく、ただ、新しく造られることこそ、重要なのである。」(6:15)