Saturday, July 12, 2014

繋がている安心

「 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。」  ヨハネ福音書15章4節
 「これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである。」(20:31)とヨハネ福音書の書かれた目的を著したヨハネは、イエスと繋がってる実感を、ぶどうの元樹と枝の関係を譬えて表わしています。さらに、ぶどうとその剪定をする農夫を登場させ、イエスさまと父なる神さまと私たちクリスチャンを表しているのです。
「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」(15:16)と言われる主は、「わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。」(15:4)と招く神ご自身であり、つながった枝葉を整えて、良い実を沢山実らせるようにすると約束くださるのです。「わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。」(15:11)と私たちを愛されていることをくり返し語る主は、信仰による主とのつながりこそ平安であり守りであることを示して下さっているのです。
「この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。」(Iテサロニケ2:13)との使徒の証は、今日もこの教会において「アーメン」と唱えられるものであると確信しています。一人一人が、自立したクリスチャンとして。