Saturday, August 16, 2014

3つの誘惑

「「もしあなたが神の子であるなら、この石に、パンになれと命じてごらんなさい」。イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」。」 ルカ4章3-4節 
「彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。 」(イザヤ53:3)と誕生の700年前に預言されたように、イエスさまのご生害は苦難お連続でした。それを象徴するような試練が、宣教の初めにあったのです。そしてそれは、私たちにも降りかかる三種類の誘惑とも言えるものでした。第一は、生活に密着した人の生命欲あるいは生存権に関わるものでした。第二のものは、人の名誉心あるいはプライドに関わるものでした。第三のものは、人に唯一の神さまの存在を疑わせる、人の心を揺さぶるものでした。イエスさまは、全て御言葉を用いて対応されたのです。「人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。」(申命8:3)「あなたの神、主を恐れ、彼に仕え、彼に従い、その名をさして誓わなければならない。」(6:13,10:20)「あなたがたの神、主を試みてはならない。あなたがたの神、主があなたがたに命じられた命令と、あかしと、定めとを、努めて守らなければならない。」(6:16-17)と。パウロも、「悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。 」(エペソ6:11-12)と強く勧めています。