Saturday, August 23, 2014

人間を漁る漁師

「イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。 すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。 マルコ1章16-17節  
 「ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。だれが、主の心を知っていたか。だれが、主の計画にあずかったか。 また、だれが、まず主に与えて、その報いを受けるであろうか。 万物は、神からいで、神によって成り、神に帰するのである。栄光がとこしえに神にあるように、アァメン 」(ローマ11:33-36)とパウロが感嘆されたように、4人の漁師が伝道者になると、誰が予想し得たでしょうか。神さまは「死人を生かし、無から有を呼び出される神」(4:17)なのです。不可能はないのです。神さまの独り子であられるイエスさまは、彼らに伝道者になる才能を見出しておられたのでしょうか。「神の賜物と召しとは、変えられることがない。」(11:29)神さまは、地上に送られたイエスに福音宣教の働き手となる弟子たちを多方面から指名されました。嘘つきも、収税人もいました。熱血漢も利己主義の人もいたのです。全体の三分の一が漁師であったのです。選ばれた誰一人も、自分の天職が伝道者であると解っていた者はいないのです。皆、神さまからの招きを受けたのです。その招きに応答して、それまでの自分の計画と働きを投げ捨てて、主の働きに向かったのです。その時は、下着2枚さえも持つなと教えられています。必要な全てのものは主が備えて下さるというのです。「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」マタ6:33