Sunday, September 28, 2014

クリスチャンの生き方

「主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ、あらゆる良いわざを行って実を結び、神を知る知識をいよいよ増し加えるに至ることである。 」       コロサイ人への手紙1章10節 
「神は、わたしたちをやみの力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった。わたしたちは、この御子によってあがない、すなわち、罪のゆるしを受けているのである。」(1:13-14)「しかし今では、御子はその肉のからだにより、その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者として、みまえに立たせて下さったのである。」(1:22)との理解の中で、パウロは、私たちクリスチャンにどう主にあって生きていけば神さまの御心にかなう生活ができるのかを、丁寧に語って下さるのです。コロサイの教会はおそらく、エパフラス(=エパフロデト)が指導したと思われますが、①神の福音に対する正しい知識と②御心にかなうキリスト者としての歩みにおいて、主にあって勝利する者として整えようとコロサイの聖徒達に、パウロはローマの獄中から手紙を書いているのです。イエスがキリストであることについては、「御子はその肉のからだにより、その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者として、みまえに立たせて下さったのである。」(1:20)と確認して、「主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ、あらゆる良いわざを行って実を結び、神を知る知識をいよいよ増し加えるに至ることである。」(1:10)と進む方向を的確に指し示しているのです。小さな教会へ丁寧な教えを送る、パウロの姿を見ます。