Saturday, October 11, 2014

いのち

「あなたはいのちの道をわたしに示される。あなたの前には満ちあふれる喜びがあり、あなたの右には、とこしえにもろもろの楽しみがある。」    詩篇16篇11節
「このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのであるが、あなたがたは彼を不法の人々の手で十字架につけて殺した。 神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずはなかったからである。」(使徒2:24-25)と説教したペテロは、ダビデの言葉を引用し『わたしは常に目の前に主を見た。主は、わたしが動かされないため、わたしの右にいて下さるからである。それゆえ、わたしの心は楽しみ、わたしの舌はよろこび歌った。わたしの肉体もまた、望みに生きるであろう。 あなたは、わたしの魂を黄泉に捨ておくことをせず、あなたの聖者が朽ち果てるのを、お許しにならないであろう。 あなたは、いのちの道をわたしに示し、み前にあって、わたしを喜びで満たして下さるであろう』(25~28)と語るのです。この御言葉は詩篇16篇の引用で、数千年に渡って変わることのない真理として示され続ける聖書の真理なのです。私たちの生命は、神さまが司っておられりものです。私たち位は自分の命を自身の力で一日でも伸ばすことはできないのです。この命を管理される主なる神さまが、「わたしたちは、兄弟を愛しているので、死からいのちへ移ってきたことを、知っている。愛さない者は、死のうちにとどまっている。」(Iヨハネ3:14)と保証して下さいます。私達は、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。 」(ヨハネ13:34)の実践者です。