Saturday, November 8, 2014

恵によって義とされ

「この聖霊は、わたしたちの救主イエス・キリストをとおして、わたしたちの上に豊かに注がれた。 これは、わたしたちが、キリストの恵みによって義とされ、永遠のいのちを望むことによって、御国をつぐ者となるためである。」テトス3:6-7
「また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:19-20)と祈りの力について語るマタイは、アブラハムの神イサクの神ヤコブの神である、主イエスキリストの名によって祈ることを教え続けています。19世紀イギリスの牧師J・マーレーは、「祈りは神ご自身の働かれる道を開く。私たちの中に、そして、私たちを通して」と語っています。事実、神さまは創造の働きのすぐ後に、堕罪して闇を歩くことになる人々の救いのために、救いの備えを始めてくださいました。(参照:創世記3:15)また、ユダや3代の王に仕えた預言者ミカは、エルサレムとサマリヤで預言して「主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。 」(6:8)と語り、①へりくだって②あなたの神と③共に歩むべきことを教えました。これは現代においても、①自我の主張を
整えて聴く者となり②真実の神により頼み③真の神と共に人生を進める幸いを教えるものであり、それが神との交わりの生活そのものと唱えることができる、イエスをキリストと告白するものに生き方であり、証しなのです。