Saturday, November 8, 2014

私たちへの愛

「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。」ローマ人への手紙5章8節
イエスをキリスト(=メシヤまたは救い主)と告白して、イエスの救いを受けることが聖書(ローマ10:9-10)に示されていますが、その事が可能になる神さまのご愛について、パウルは、ローマ5 章で証言しているのです。私たちがまだこれらの基準として神さまの存在を認めるずっと以前に、私たちの一人一人を愛して下さっておられる神さまは、人が自由の意志を製作者である神さまの願いに沿わない形で用いることで、悪用する事をご理解されて、その罪の備えをして下さったのです。独り子イエスをこの地上に人の形をとって送り込み、罪のないままで、罪人として十字架にお掛けになるという奇跡をもって、救いの備えを完成して下さったのです。「わたしたちが罪に死に、義に生きるために、十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた。その傷によって、あなたがたは、いやされたのである。」(Iペテロ2:24)と語り、「キリストは弱さのゆえに十字架につけられたが、神の力によって生きておられるのである。このように、わたしたちもキリストにあって弱い者であるが、あなたがたに対しては、神の力によって、キリストと共に生きるのである。」(IIコリント13:4)と説くのです。私たちの人生は、どこから救われてどこに向かう人生なのでしょうか。神さまの前に静まって今を感謝し、これからの人生を神さまにお委ねした幸いなものへと変えて歩むものとなってください。「あなたのまことはよろずよに及びます。」詩篇