Saturday, November 22, 2014

主の前に遜(へりくだ)る

「あなたがしもべに施されたすべての恵みとまことをわたしは受けるに足りない者です。わたしは、つえのほか何も持たないでこのヨルダンを渡りましたが、今は二つの組にもなりました。」           創世記32章10節

主の前に謙遜の姿勢でいることについて黙想したいと思います。この事の大前提になる状態は、主が圧倒的に偉大で正しく豊かな方であるという事実です。私達にとって、唯一で眞の神さまの存在を、正しく理解しているかどうかが確認されなくてはならないのです。私たちの周りの表現を借りれば、スーパーマンのような超人的な人や物を神と崇めています。ですから、無数の神様がいてもおかしくない環境が作り出されているのです。哲学では、神は人間の領域を超えたすべてを司る方と、定義しています。まず、神さまは唯一であるということ。神さまが、聖書に記されてある、エホバであること。この神さまが全てのものを造られ、愛する人の住まいとして地球を備え、整えられたのです。私達は、まず神さまの前に圧倒的絶対的に隔たりがあることを感謝して認め、信仰によってご自分の民として下さって良くして下さることに気づき応答すべきではないでしょうか。ヤコブのエサウを前にしての恐れと心配は、神信頼への大きなチャレンジと受け止めることができるのです。「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない。」(マタイ19:26)を素直に認め、「からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい」(10:28)との愛の勧めこそ真実であることを覚えたい。アブラハムイサクヤコブの神は、今を生きる私たちクリスチャンの唯一の神さまなのです。