Saturday, April 4, 2015

主の死と復活を記念する

「パンを取り、感謝してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「これは、あなたがたのために与えるわたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。食事ののち、杯も同じ様にして言われた、「この杯は、あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である。」              ルカ22章19-20節

先週に引き続き、主の晩餐についてルカによる福音書から見ていきたいと思います。尚、主の最後の晩餐の関連記事は、マタイ26:26-30、マルコ14:22-26、Iコリント11:23-25にも見られますが、今朝はルカ福音書から学ばせていただきます。
パンはイエスのお身体を象徴するもの、杯はイエスの流された血で成立した新しい契約を象徴するものです。この新しい契約とは、イエスさまによって完成された、贖いであり、救いの完成を意味するのです。また死の記念とは、「いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。 わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。 」(IIコリント4:10-12)これを見おると、主の死を表すとは、キリストにあって生きている姿をはっきりと表すことではないでしょうか。「しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。」(2:14)とパウロも証します。