Saturday, May 2, 2015

キリストにある成長

「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。」ローマ12章1~2節

クリスチャンは、キリストにあって成長します。健康診断は、私たちの身体が健康的で年齢にふさわしい状態になっているかを検査しますが、霊的な成長についても、聖書に照らして確認する必要があるのです。その度合いを測る一つのゲージが、どれ程神さまに喜ばれた人に新生し成長しているかです。パウロはそれを、「神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物」と表現しています。そのために留意しなくてはならないことは、誕生してキリストに出会う迄に歩んだこの世と、もう妥協してはいないかを確認しなさいと勧告するのです。「心を新たにする」とは、新しい生き方、考え方をすべきということで、物事を考える時に第一にキリストのことを考えなさいということなのです。さらに、この実践のために、「福音のために、わたしはどんな事でもする。わたしも共に福音にあずかるためである。」(Iコリント9:23)そのためなら、「自分のからだを打ちたたいて服従させるのである」(v.27)というのです。ここに、パウロが救われて、キリストの弟子、神の子とされていることを喜び、御言葉通りに、自身を主に従わせていることが判ります。主イエスさまはペテロに、「私に従ってきなさい。あなたを人を漁る者にしてあげよう」と言われ、弟子とされたのです。