Saturday, May 16, 2015

キリストにある成長

「あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、造り主のかたちに従って新しくされ、真の知識に至る新しき人を着たのである。」              コロサイ3章9~10節

クリスチャンが新しい生命に生きるということは、どうゆうことを意味しているのでしょうか。美容整形をして見える部分を整えるという意味ではありません。生命体の内なる霊の領域からすっかり変えられて新しくされるのです。罪の働きかけにきゅうきゅうとしていた人も解放されて、新しい命に生きる者とされたのです。その手段は、神さまの愛にあふれる招きに応答して、イエスをキリストと信じることによって、神さまの子供とされたのです。その時神さまの側で起こる変化は、求める人の信仰を義と認めて下さり、子供の一人とされるのです。その時、子とされた私たちは、あれもできるこれもできると子として可能になったことを喜ぶ前に、子にふさわしい生き方を通して、子とされた喜びと感謝を、考え方生き方に反映して、表し続けることが好ましい姿と言えるのではないでしょうか。
イエスさまに病を癒していただいた一人の男性は、イエスさまから、「家に帰って、主がどんなことをして下さったかを人々に伝えなさい」(マルコ5:19)と教えておられるように、私たちも主のなされたことをそのまま伝えて、主のなされた救いのお働きがどれほど尊く、私たちの生き方に反映されているかを伝えることを通して、共に喜び、主を褒め伝えるものになりましょう。霊の成長は他の人のは目に見えにくいものですが、恵みを受けた私たちは十分に実感できることと思います。救いの主を褒め称え、歌い、喜びあいましょう。