Saturday, July 11, 2015

新しいエルサレム

「彼らの子孫は、もろもろの国の中で知られ、彼らの子らは、もろもろの民の中に知られる。すべてこれを見る者はこれが主の祝福された民であることを認める。」 イザヤ書61章9節

神の救いを受けた人に対して、旧約の時代は「ユダヤ人」とか「へブル人」と言われていました。新約の時代に入り、「クリスチャン」と呼ばれるようになりました。(使徒11:26)これは、周りの人達から呼ばれたニックネームのようなものでしたが、次第に「キリストの弟子」という意味が込められた、喜びの表現となっていったようです。KJVには[the disciples were called Christian]と英訳されています。イエスさま誕生の700年も前に、イザヤ書60-62章で神さまは、クリスチャンたちに、耐え忍びなさい、必ず民の中で知られる者になる時代が到来すると預言されたのです。この預言はヤコブ書の、「試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。」(1:12)の終末に向かうヤコブの励ましに繋がっているのです。「すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。」(1:21-22)という注意を持って。またへブル書には、「多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。 」(12:1)と励ますのです。イエスに向かって進みましょう。