Saturday, July 18, 2015

霊の乳を慕い求める

「今生れたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。それによっておい育ち、救に入るようになるためである。あなたがたは、主が恵み深いかたであることを、すでに味わい知ったはずである。」 Iペテロ2章2-3節

ペテロが宛先と考えているのは、紀元60年頃の小アジアのポント、ガラテヤ、かパドキヤ、アジヤ、ビテニヤに離散して住むクリスチャンとその家族です。第一の目的は、エルサレムから遠く離れている兄姉を励まし、信仰的にも生活面においても安否を問うているのです。また、身近にいる人々にイエスをキリストと告白することを勧めているのです。2章1節に「あらゆる悪意、あらゆる偽り、偽善、そねみ、いっさいの悪口を捨てて」とあるのを見れば、救いを受けたばかりの人や確信を持って新しい生活を続ける自信や勇気のない人々に向けて、「乳飲み子がミルクを求めるように、ひたすらに、美味しい栄養の豊富な霊のミルクを求めなさい」と勧めるのです。1、イエスをキリストと信じたときあなたは救われたのです。2、あなたがクリスチャンになっということとは。3、このことはどのようにして興ったのでしょう。4、あなたは救われて、罪が赦されました。5、生まれたばかりのクリスチャンはまだ赤ちゃんです。赤ちゃんの必要なことは、肉体的に生まれた赤ちゃんと同様に、親の愛、適切な食物、守り、愛です。ぶつかって泣いたり、不安で泣いたりします。その時に何が起こったのかを適切に見抜いて適切に対処する必要があるのです。霊的な成長にも、親の働きや家族の支えが必要です。やがて、心も体も成長し、神と人とに愛されていく過程をたどって成長していくのです。