Friday, August 14, 2015

霊の思い

「肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。」  ヨハネ3章6-7節

「肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思うからである。 肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである。 なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。 また、肉にある者は、神を喜ばせることができない。 」(ローマ8:5-8)とパアウロを通して神さまは、霊(心の問題で信仰的なこと)と肉(人間的な思いや肉体的なこと)は別の領域のことであり、生き方や考え方をそれにふさわしく変えて受け止めなければならないと教えておられます。しかも、肉の思いだけでなく、霊の思いをも持てるから、人は霊的な存在なのであると言われるのです。これは決して二心の存在であると言われているのではありません。二心と言う場合は、肉的の中でまた霊的の中で二心を捉えていると思います。神さまは、自然を通し、歴史を通し、良心を通してご自身を顕されます。これを神さまの啓示と言います。「人の心は病苦をも忍ぶ、しかし心の痛むときは、だれがそれに耐えようか。 さとき者の心は知識を得、知恵ある者の耳は知識を求める。」(箴言18:14-15)神の知恵は霊的です。知恵を求めるためには、霊的にならなくてはなりません。「今の時を生かして用い、そとの人に対して賢く行動しなさい。 いつも、塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい。そうすれば、ひとりびとりに対してどう答えるべきか、わかるであろう。」(コロサイ4:4-5)霊の言葉に聞き、霊の言葉を伝えましょう。