Saturday, September 26, 2015

神の恵みの絶大な富

「キリスト・イエスにあってわたしたちに賜わった慈愛による神の恵みの絶大な富を、きたるべき世々に示すためであった。あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。 」  エペソ2章7-8節

主イエスキリストにお会いする前の人生を、主はエペソ2章で「さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。」(1-3)と言うのです。また「肉の思い」ということで、人間的な自己中心の生活のままであったとも言及するのです。しかし私たちを創造し生かし続けようとされた神さまは「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。」(2:8)とお教え下さるのです。(詩篇136変参照)両親の間に生まれた私たちであって、私たち自身が私の王と思い自由勝手な生き方の中に歩んで何とも思わなかった自身であっても、神さまが天地創造の以前に私の生きる計画を用意して下さっていたと理解するに及んで、この全能の主なる神さまの前に、何も申し開きし、自説を主張することはできないのです。それほど素晴らしい神さまに私の人生をお委ねして歩むことは、幸いな決断です。