Sunday, November 1, 2015

救いの恵み

「測りなわは、わたしのために好ましい所に落ちた。まことにわたしは良い嗣業を得た。」     詩篇16篇6節

 「わたしは日ごとにあなたをほめ、世々かぎりなくみ名をほめたたえます。主は大いなる神で、大いにほめたたえらるべきです。その大いなることは測り知ることができません。」(詩篇145:2-3)ダビデが最大級の賛辞をもって主の存在と働きを讃美しています。この主なるキリストの神さまによって創造され、罪の状態を示され、罪からの回復である十字架の贖いを受けたクリスチャン達は、その救いのゆえに大いに感謝をもって主を礼拝すべき存在なのです。詩篇16篇は、この事実を受けてダビデがミクタム(=黄金の詩)の歌とタイトルを付けて讃美したものなのです。ダビデはエッサイの末の息子で、神に仕える者となったのです。サウル王の次の王として忠実な働きに就かせるための認証ともいうべき油注ぎに来た士師サムエルは、長男エリアブを見てこの人と思いました。しかし神さまは、「私が見るところは人と異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」と言われたのです。神の遣いとして来たサムエルは、そこに集められた7人の子供たちを見てエッサイに尋ねるのです。「あなたの息子たちは皆ここにいますか」と。そこで、8番目の息子のダビデの登場となるのです。(サムエル記上16章参照)ダビデが神の強い霊を受けて働いたことはあまりに有名ですが、私達も父エッサイに忠実に働いた少年期に神さまの心をしっかり育てられたダビデに倣って、独子イエスの十字架の贖いによって完成された救いを、神さまからいただいた事を決して忘れないで、大切に育ててまいりましょう。