Sunday, December 13, 2015

ただ神によって

「しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。 それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。」 ヨハネ1章12-13節

[初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 」(V1-4)旧約聖書、創世記の書き出しを思わせる雰囲気を醸し出しているようです。この「言」と訳されている言葉は古代ギリシャ語でロゴスを意味しています。具体的には、天地創造された神さまであり、真理を意味しており、一章1-4節の表現に著されている通りです。神さまの人に対する愛がなかったなら、表題の聖書のみ言葉は成就しなかったのです。ですから、神さまの人類創造と人間の存在目的をはっきり示され、人への愛と人の堕罪を見通されての、神さまの救いの備えが意味あるものとなるのです。神さまは、「あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの、わたしはあなたを愛する」(イザヤ43:4)と宣言されるのです。ですから神さまが備えてくださる救いは、すべての作られた人に向けられます。ただ、「狭い門からはいれ。・・命にいたる門は狭く、その道は細い。」(マタイ7:13-14)と教えられています。これは、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」(ヨハネ14:6)が真実であることを確証させる、福音記者の確かな証言なのです。