Saturday, December 19, 2015

神われらと共に

「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名は、インマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。 マタイ1章23節

[しかしベツレヘムエフラタよ、あなたはユダの氏族のうち小さい者だが、イスラエルを治める者が私のために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである」(ミカ5:2)「それゆえ、主はみずから一つのしるしを与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと唱えられる」(イザヤ7:14)上記の2か所の旧約聖書のみ言葉から、主の約束の救い主がインマヌエルと呼ばれることと、お生まれの場所がベツレヘムであり、ユダの氏族の中から選ばれたおとめを通して私たちの前に顕れることが預言によってはっきりと知ることができたのです。旧約の時代に、「我々の神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に、このように近くおられる神があるであろうか。また、いずれの大いなる国民に、協力ください。私があなた方の前に立てるすべての律法のような正しい定めとおきてがあるであろうか」(申命記4:7-8)と誇ることのできた教えが、現代にも、共にいてくださる主なる神さまの守りと支えによって、今生かされ、導かれて、守りと平安の中を進むことのできる幸いを心から感謝するものです。「インマヌエル」の名前こそ、「神さまが私たちといつも共にいてくださる」という明確なしるしです。聖書に従って生きる私たちこそが、周りの方々に模範を示すような姿勢を持ち続けていかなくで誰ができるのでしょうか。主は今も生きて私たちのうちに働かれます。