Saturday, February 6, 2016

来たらんとする都

「この地上には、永遠の都はない。きたらんとする都こそ、わたしたちの求めているものである。だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼の御名をたたえるくちびるの実を、たえず神にささげようではないか。」                         へブル13章14-15節

「わたしイエスは、使をつかわして、諸教会のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝また子孫であり、輝く明けの明星である」。御霊も花嫁も共に言った、「きたりませ」。また、聞く者も「きたりませ」と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい。」(ヨハネ黙示録22章16-17節)このイエスさまの宣言が成就するとき、新しい世界がキリストの元に展開されるのです。現実の世界は神さまが言われる「永遠の都」ではないのです。私たちが目指すのは、永遠の都であって、それに相応しい準備として今からその時が来た時のようにふるまっていくことを主は求めておられるのです。「主はわたしの嗣業、またわたしの杯にうくべきもの。
測りなわは、わたしのために好ましい所に落ちた。まことにわたしは良い嗣業を得た。」(詩篇16:5-6)と感謝しつつ、主に向かって進んでまいりましょう。主はどこまでも私たちの前を進んでくださいます。「わたしのこの命令は、清い心と正しい良心と偽りのない信仰とから出てくる愛を目標としている。 」(Iテモ1:5)「目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。」
ピリピ3:14)ことを常に自覚してまいりましょう。