Sunday, April 24, 2016

神の義

「しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。」
ローマ3章21-22節

聖書66巻は、神のことばそのものであって少しのあやまりもない真理であり、イエスをキリストと告白するクリスチャンにとって真の一致の中心であり、信仰と生活の唯一の基準であり、また、すべての人に対する神の意志の完全で最後的な唯一の啓示(=神さまだけがご存知のことを、人に対して、自然、歴史、良心を通して人々に示されたこと)ですので、人間のすべての行為、思想また信条をためす最高の規範であるともいうことができるのです。そして、旧約時代には律法を完全に守ることを掟としていましたが、律法と預言の完成者であるイエスさまを人の世界にお送り下さった主イエスは、十字架にかかって、すべての罪を清めることを成し遂げられたのです。ですから、神さまの前に自分自身の罪を悔い改め、イエスをキリスト(=メシヤまたは救い主)と告白する人を義と認められたのです。これは、神さまの前に罪なしとみなして下さったことなのです。同時に神さまは、私たちを「神の子」として受け入れて下ったのです。聖書ではこのことを、神の養子(adopted child )または、接ぎ木されたという表現で表しています。ルターの1517年頃から活動した宗教改革は、ロマ書研究の結果、自身が所属するローマカトリックの教えが聖書の通りでないことに覚醒され抗議し、母国語聖書を翻訳した抵抗運動なのです。