Tuesday, October 4, 2016

父なる神と子なるキリスト

 「よくよくあなたがたに言っておく。子は父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができない。父のなさることであればすべて、子もそのとおりにするのである。 なぜなら、父は子を愛して、みずからなさることは、すべて子にお示しになるからである。」  (ヨハネ5章19-20節)

 マルコによる福音書14:37-38に「シモンよ、眠っているのか、ひと時も目をさましていることができなかったのか。 誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」とゲッセマネの苑で最後のひと時を祈り過ごされたイエスさまが、愛弟子ペテロに声をかけられたことが記録されています。(マタイ26:41、ルカ22;46参照)ヨハネは5章では、パリサイ人達との安息日論争の記事で書き始めています。ユダヤ人の労働に関する律法は39項もあって、その39項目に「安息日には物を運んではならない」という規定があり、イエスさまによって癒された男の人が床を取り上げて帰った事がこの規定に引っかかったのです。さらに、イエスさまが天の神さまはご自分の父親であることを表明するや、神の子であると神さまを冒したと非難したのです。イエスさまは父なる神さまが休まず働かれるのを見習って、ご自身も安息日に囚われず働かれるのだと言われ、また、「わたしと父とは一つである」(10:30)と断言されているのです。さらに聖書を見ていくと、「父なる神、子なる神であられるイエスキリスト、聖霊の神」の三位一体なる神さまがはっきりと示されているのです。そして人を愛し、人を罪の底から救い出す為に十字架でその代償をご自身のち命(=血)で払われたのです。