Tuesday, October 4, 2016

父の日に思う

 「もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。」     マタイ18章15節

 「弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。」(マタイ18:1-6)マタイ18章冒頭でイエスさまは、弟子たちの質問に応えてはっきりと天国に入る人について語られたのです。弟子たちの心の中には、自分達がこれまで主の下で忠実に仕えてきたのですからきっと幸いな位置に置いて頂けるものと思い主にお尋ねになったのではないでしょうか。ところが弟子たちの熱い心をよくご承知の主は、幼子を弟子の一群の真ん中に立たせて自分を低くする者こそ天国に相応しいといわれ、さらに、これらの幼子の心を躓かせる者が一人もあってはならないときつく戒められたのでした。改めて、弟子の何たるかを諭されたのではないでしょうか。「順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。」(伝道7:14)と言われますが、私達クリスチャンは、順境の時ほど平常心をチェックし、主にあって何を一番最初にすべきかを確認し、思いと心を整えましょう。