Sunday, November 6, 2016

救われる資格

 「わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。」                   ルカ7章6-7節

 「彼らはイエスのところにきて、熱心に願って言った、「あの人はそうしていただくねうちがございます。 わたしたちの国民を愛し、わたしたちのために会堂を建ててくれたのです」。(v4-5)上記2か所の御言葉の中に注目していただきたいお言葉があります。4節の「値打」と6節の「資格」という言葉です。共にその価値があるというような意味で用いられる言葉です。4節の言葉は、ユダヤ人祭司がイエスさまに取り次いだ要請の言葉です。6節は、百卒長本人の謙譲の言葉で、申し出を辞退する言い訳です。イエスさまは、6節の伝言を聞かれて、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」(v9)とローマ人の信仰に感動されたのです。イエスさまは、ユダヤ人だけでなく全ての国の人々を愛されます。そしてその人々中に隠されている素晴らしい信仰を一つ又一つ発掘して下さり、陽当りに出して良いサンプルとしてお示し下さるのです。謙遜はとても大切な品性です。しかし心からのものでない時には醜いものにさえなってしまうのです。心からの信頼から発せられる謙遜には、豊かなな品性が醸し出す良い香りがあるものです。「神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。」(IIコリント2:14)