Wednesday, March 29, 2017

私は世の光
 「イエスは、また人々に語ってこう言われたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」。」 ヨハネ8章12節

 「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」(詩篇119:105)「あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで「これは道だ、これに歩め」と言う言葉を耳に聞く。 その時、あなたがたはしろがねをおおった刻んだ像と、こがねを張った鋳た像とを汚し、これをきたない物のようにまき散らして、これに「去れ」と言う。」(イザヤ30:20-21)上記2か所のみ言葉は、共に主の道を知ることによって、迷わないで、主の守りの中を確信をもって進むことができる事を確信しているみ言葉ということができるのです。旧約律法という神さまからのお約束を守ってきた民が、イエスキリストさまの到来により、目に見える形で神さまを実感できるようになって、イエスさまを見上げることが出来るようにされたのです。イエスさまは約3年半位いの間、人々と同じ生活をして昼の間を過ごされ、語り、教え、癒し、導かれました。その有り様は普通の人と同じ様子でしたが、語り行われることから、「この方はキリストに違いない」とささやかれたのです。人々が口々に言われる程に崇高な雰囲気と権威のある様子でした。ヨハネの記事は、最も大切な本当の生命について、明確に語られた箇所で、イエスご自身が私がキリスト(=救い主=メシヤ)であると宣言し、「私に従ってくるものは、命の光を持つ」と断言されるのです。「救い」は、イエスさまの十字架上の贖いの死によってのみ完成されたのです。主の憐みの内を歩き続けましょう。