Friday, March 31, 2017

神さまのみ心

 「わたしをつかわされたかたのみこころは、わたしに与えて下さった者を、わたしがひとりも失わずに、終りの日によみがえらせることである。」    ヨハネ6章39節

 「私は生命のパンである」と言われたイエスさまは、私達イエスに従う者に、「あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」(マタイ28:20)と教えて下さっています。それは、命のパンを食べ続けている私たちに、イエスが主であるという一本道をどこまでも歩き続けることを期待し励ましておられるのです。イエスは、「わたしをつかわされたかた(=父なる神)のみこころは、わたし(=イエス)に与えて下さった者(=イエスをキリストと告白したクリスチャン達)を、わたしがひとりも失わずに、終りの日によみがえらせることである。」と宣言されたのです。これは神さまから示された確かな力と権威をもってお示しになられたのであって、聞く私たちにとって力強い意味をもち、将来にに対する確かな安心の処にいる事になるのです。私たちの不安は、探り出せばキリがありません。しかし主は、「イエスをキリストと告白した一人ひとり」に、永遠のマンションを備え、また迎えに来て下さると約束されています。(14章)その約束をただじっと待つのではありません。いつ来られてもよいように、またその時が予定よりも伸びても大丈夫なように備えする必要があります。ルカ16章には、主への備えは「父がイエスを愛されたように、互いに愛し合う」ことで喜んで主を待つkとであると。地上の生活を、喜びと平安の中に歩む者でありたい。