Wednesday, March 29, 2017

私を求めよ
 「主はイスラエルの家にこう言われる、「あなたがたはわたしを求めよ、そして生きよ。」 アモス5章4節

 「善を求めよ、悪を求めるな。そうすればあなたがたは生きることができる。またあなたがたが言うように、万軍の神、主はあなたがたと共におられる。悪を憎み、善を愛し、門で公義を立てよ。万軍の神、主は、あるいはヨセフの残りの者をあわれまれるであろう。 」(14-15)アモスはユダ出身の預言者で、ユダ王ウジヤ(前787-735)イスラエル王ヤロブアム2世(前790-749)の治下、北イスラエルに預言して、イスラエルの真の神に対する背信と悪行、審判と回復、将来におけるダビデ大国の栄光を預言した。ウジヤがライ病にかかった時期(II歴26:16-21)と同じころの出来事だと歴史家ヨセフォスは言う。(ハーレイの聖書ハンドブックより)み言葉に従うことをやめて偶像に従い荒廃して、道徳的に腐敗し、強盗、不義、圧迫、略奪、姦淫、殺人の地となったと記録します。神さまから離れ、自画自賛の道は、あっという間に罪塗れの堕落となっていくのです。王国がダビデ、ソロモンの後で2つに分裂してわずか200年しか経っていないのです。この大きな原因を、アモスは、「善を求めよ、悪を求めるな。そうすればあなたがたは生きることができる。」と預言するのです。世の人に真の神を敬いなさいという前に私たち主にある者たちが神さまと正しい関係を持ち続ける霊的な努力を惜しまないでし続けることが問われます。その第一は、聖日を聖なる日と定め守ることです。礼拝を忠実に守る努力はそのまま、主に従う生き方を守り続けることになり、その過程で、何がより良い思いか、何がより良く主に近づく行為かを示されるのです。