Wednesday, March 29, 2017

神を慕う
 「神よ、しかが谷川を慕いあえぐように、わが魂もあなたを慕いあえぐ。わが魂はかわいているように神を慕い、いける神を慕う。いつ、わたしは行って神のみ顔を見ることができるだろうか。」詩篇42篇1-2節

 神さまとのお交わりは、クリスチャン生活の中心をなすものです。朝起きた時や寝る前に静まって祈り、み言葉に聞くことは大切な一対一の礼拝です。また少人数で、家族で礼拝することは、小さな子供たちにとっても、良い生活習慣のためにも大切な時間ということができるでしょう。地方教会に所属する教会員にとって定められた教会での定例の礼拝は、義務ではなくて、イエスをキリストと告白するキリスト者が
信仰と交わりをし続けることで、教会の存在意義を示し、証し続けている印なのです。心の内面の霊的な安定と保持に合わせて、対外的にもイエスがキリストであることを大胆に証し続けることになるのです。詩篇42篇はダビデがサウルから逃れて放浪しているときにエルサレムの礼拝に参加できない状況の中でのマスキールの歌(賢いもの、悟りを与えるの意味)で、文中の鹿は臆病な雌鹿で、渇きを癒すため猛禽に脅えながら谷川の水を慕うように、切に神を慕う心がうたわれています。2節の生ける神は、生ける水の源としての霊的生命力を与えてくださる神さまを慕い求めるキリストにある者たちに、測り知ることのできない素晴らしい恵みを豊かに注いでくださるのです。霊的な、主との交わりを絶やさないで、礼拝を守り続けることができるとは何と大きな恵ではないでしょうか。定められた礼拝を守れる恵を感謝して。