Friday, March 31, 2017

神の恵み

 「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。」  
                         Iペテロ1章3-4節

 「わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。」へブル書12:1-2に、私たちの周りにある多くの証人の証しに加えて、私達の信仰生活の中で示された証しを喜びと感動と涙とをもって付け加えてまいりましょう。私達の信仰生活は喜びと感動だけではありません。時に涙時に怒りの混ざった苦くて酸っぱいものかもしれません。しかしそのままで、イエスさまとの交わりの中で整えられていく日々を重ねて、イエスに倣いイエスに従う生活を周りの人々に示ししつつ、イエスさまにお従いした生活が守られ支えられていくことを喜ぶことができたら、主にある良い人生であったと言い得るのではないでしょうか。キリスト者の慰めは、主から直接受けるばかりでなく、周りの兄弟姉妹たちからも多くいただくことができるのです。それは忠実な礼拝出席、誠実な主への姿勢を通して励まされ、自らの姿勢を正すように促されたと感じるとき実感できる子とでしょう。神の子として、私たちを生かす主です。