Saturday, February 24, 2018

自分を捨てる

 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。」 ルカ9章23-24節
 ヘロデの迫害を避けてベッサイダに隠れようとしていたイエスさまは、後を追ってきた多くの人々を受入れ、食事をとらせた後で、弟子たちに「私を誰だと言っているか」と問いさらに弟子達に「ではあなた方は私を誰だと言うか」と問われたのです。ペテロが答えて、「神のキリストです」(V20)と正しい信仰告白をするのです。それに応答してイエスさまは、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、また殺され、そして三日目によみがえる」。 ・・・「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分自身を失いまたは損したら、なんの得になろうか。わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、自分の栄光と、父と聖なる御使との栄光のうちに現れて来るとき、その者を恥じるであろう。(V22-26)ここでルカが伝えたい大切な言葉が出てくるのです、それは、「自分を捨てる」と言う事です。14:33にはそれが、イエスさまの弟子になる条件なのです。自分の考え、キャリア、財産、能力、経験、誇り、自慢、自信等々全てを手放して、神さまの方法、生活、希望をもって進む事が幸いなのです。