Monday, February 26, 2018

神の祝福と守り

 「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神は、その豊かなあわれみにより、イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ、あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。あなたがたは、終りの時に啓示さるべき救にあずかるために、信仰により神の御力に守られているのである。」   Iペテロ1章3-5節
 「イエスは私のキリスト」と告白して、イエスの十字架と復活を受け入れられた人は、主なる神さまから離れていたという罪を悔い改めて新生の恵みに預かった人なのです。新生とは恵みを受けた人間の側からの表現です。神さまの側からの表現が、義認ということができます。十字架上のイエスキリストの死と復活によって完成された主の贖いの業は、イエスさま以外の何者にもすることのできないお働きなのです。
エゼキエル18:20に「罪を犯す魂は死ぬ。」レビ17:11に「血は命であるゆえに、あがなうことができるからである。」と教えられており、イエスさまだけがこのみ言葉に合致するお方なのです。したがって、今日救いの恵みに預かることのできた人も、イエスさまの御業のゆえなのですこの恵みを守り続けるために、①心の腰に帯を締め、イエス・キリストの現れる時に与えられる恵みを待ち望んでいなさい。(13) ②あらゆる行いにおいて聖なる者となりなさい。(14-16)③あなたがたの信仰と望みとは、神にある。(17-21)④新たに生れたのは、神の生ける御言によったのである。(22-25)と悟る者に。