Monday, February 26, 2018

主の祈り

  そこで彼らに言われた、「祈るときには、こう言いなさい、『父よ御名があがめられますように。御国がきますように。わたしたちの日ごとの食物を、日々お与えください。わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもおゆるしください。わたしたちを試みに会わせないでください』」                     ルカ11 章2-4節
 主イエスさまは、弟子たちの祈りを教えて下さいとの願いに応えて、祈りの実例をもって教えてくださいました。マタイ6:9-13とルカ11:2-4に記録されてあります。祈りは常に神中心であるべきなのです。決して、人間の側からの願いや欲求が先になるべきではないのです。ですから、神さまが神さまとして称えられて、神さまの御支配と神さまの御心が実現されるようにとお祈りすることが先になるのです。同時に自分達の必要のためにもお祈りすることが出来るようになり、身体の必要、罪の赦し、誘惑や悪から救い出されるために祈ることが出来るのです。物質的必要を全て神にお委ねして、罪赦されてもなお犯す罪の誘惑も遠ざけ続けられる力を求めて、罪や悪への誘いに無力な私達は祈り続けなければならないのです。実質的な必要のために祈ることを通して、主の平安の中に生きる幸いを実感するのです。主の祈りは私たちが個々に主の前に立って、告白と祈りを通して信仰を表明するばかりでなく、仲間として教会員同士が声を合わせて、共同体としての一致した祈りの中に、主イエスの赦しと喜びの表現としての主の祈りの唱和があると思うのです。共に主に教えられた祈りを、そのままし続けてまいりましょう。