Saturday, February 24, 2018

求めよ、捜せ、門を叩け

 「そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。 すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。」     ルカ11章9-10節
 ルカ伝10章の律法学者との会話の中で、イエスさまがどうしたら永遠の命が受けられるかの問に対して律法の教え通りに「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」(10:27)と応答されています。イエスさまは、特別に目新しい教えを伝えておられるのではありません。あくまでもこれまでの教えの中で語られている根本的なお言葉をていねいに実際の生活に沿って語られておられるのです。また、隣人とは誰のことかと問われ、良きサマリヤ人のことをお話になられたのです。ルカ11章では、たづねられた祈りについて、第一歩として、求めよ、捜せ、門をたたけとお教えになられたのです。子が親に求めるように求めなさいと言われるのです。捜すものは得られ、門を叩く者は開けてもらえるというのです。いや、神さまは、求める前から、その必要を理解し備えてくださるお方なのです。み言葉を見てみますと、その願いが聞かれる条件は、それが父なる神さまの御心に叶っているかということが解ってきます。そこで私たちは、主が私に何を期待しておられるかを知るることが大切なことであると教えて下さっていることを悟るのです。主の近くに常にある私であり続けましょう。