Monday, February 26, 2018

十字架上の七つの祈り

 「そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。」ルカ23:34
 「しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。(Iコリ1:23-24)「あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。 それは、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである。」(30-31)救いを求める人のこの世における状態は神さまの前に何の意味もありません。聖書の中に示されている唯一の条件は、神さまの前に犯している罪(神さまから離れていること)を自覚し、告白して赦していただき、イエスをキリスト(私の救い主)と心で信じ口で告白することなのです。ですから信じる者にはイエスさまの十字架は、切り離せない大切なことなのです。十字架上で主イエスは、7つの祈りの言葉を語られました。①ルカ23:34②ルカ23:30③ヨハネ19;26-27④マタイ27;46⑤ヨハネ19:28⑥ヨハネ19:30⑦ルカ23:46です。今朝は、①の祈りを覚えたいと思います。この祈りには、イエスさまのご性質と教会の働きがはっきり示されているのです。罪人を赦し、悔い改める人を受け入れて下さる主、罪人に対して善を行う主、そして教会を通して何をすべきかを、人々に語り、伝え、教えるのです。