主の晩餐を守る
聖書箇所 コリント人への第一の手紙11章23-29節
だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。 コリント人への第一の手紙11章26節
1.渡される夜
23節の「渡される夜」とは、イエスさまが十字架にかけられる前夜です。この時、イエスさまと弟子たちは過越の食事をしていました。過越は、羊の血によって神さまの災いが通り過ぎた神さまからのお恵みです。イエスさまはこのあと、ご自身の血が十字架で流されること、それを自分の罪の赦しのためと信じた者には、神さまの怒りが過ぎ去ることを示されました。私たちは過越から十字架の意味を良く理解して、主の晩餐により神さまのお恵みを思い起こします。
2.わたしのからだ
イエスさまはご自身がいのちのパンだと言われます。イエスさまを天からのいのちのパンとして食べる者は、神さまのいのちで永遠に生きるのです。主の晩餐のパンで、神さまのいのちに生かされ続けることへの感謝を覚えます。また、私たちが受けるべき罪の罰を代わりに十字架で受けて、痛み苦しんだイエスさまに感謝をささげます。
3.わたしの契約の血
「わたしの血による新しい契約である」とのお言葉の意味は、信じた者がイエスさまのおからだの一部とされるお恵みのことです。杯を飲むことで、イエスさまと一つであるお恵みを覚えます。また十字架で流された血によってこれから犯す罪や、知らずに犯す罪をも赦されるお恵みに感謝します。私たちは主の晩餐のたびに自分を吟味して、必要な悔い改めをし、この晩餐を受け取ります。そして、イエスさまが再び来られるまで、教会としてイエスさまを指し示し続けます。
2023年4月30日 週報より