2026年4月5日日曜日

復活されたイエスさま

聖書箇所 ヨハネによる福音書20章1-20

イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、「安かれ」と言われた。 そう言って、手とわきとを、彼らにお見せになった。ヨハネによる福音書2019-20

1.復活の事実を知らされた人々

イエスさまは十字架で完全に死なれ、葬られました。しかし三日目の日曜日の朝、墓は空になっており、体を包んでいた亜麻布だけが残されていました。マグダラのマリヤや弟子たちは、すぐにはイエスさまの復活を信じられませんでした。イエスさまは前もってこのことを何度も話しておられましたが、彼らは悲しみと不安の中で思い起こすことが出来なかったのです。

2.復活のイエスさまに会った人々

マグダラのマリヤは復活したイエスさまに最初に会い、そのことを弟子たちに伝えました。しかし弟子たちは信じられず、恐れて部屋に閉じこもっていました。そこにイエスさまが現れ、「安かれ」と語り、手とわきの傷跡を見せてくださいました。弟子たちはようやく復活を確信し、大きな喜びに満たされました。さらにイエスさまは、トマスにもわざわざ時間をずらして現れ、疑う心を取り除かれました。弟子たちはこうして復活の証人として遣わされていきます。

3.復活の意味

イエスさまの復活は、聖書の約束が実現した歴史の事実です。イエスさまは「初穂」としてよみがえり、私たちもまた死を越えて生きる者とされることを示してくださったのです。復活された主は今も私たちと共に歩み、励まし、導いてくださっています。この復活は、永遠のいのちと希望が与えられていることの保証です。なので信じる私たちは恐れず、喜びをもって歩むことができるのです。

20264月5日 週報より

2026年3月29日日曜日

十字架で死なれたイエスさま

聖書箇所 イザヤ書535-12

しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。イザヤ5312

1.民の心変わり

エルサレムに来られたイエスさまを、人々は王として大喜びで迎えました。しかし数日後には「十字架につけよ」と叫びます。人々はローマの圧政から解放する強い王を期待していました。しかし無抵抗で捕らえられるイエスさまの弱々しい姿に失望し、裏切られた気持ちになります。そして指導者たちにあおられて、衝動的な行動を起こしたのです。しかしこれも神さまの救いのご計画でした。

2.イザヤの預言

私たち人は、おのおの自分勝手に神さまを無視して、羊のようにさまよっていました。イエスさまはそんな私たちを神さまの前にとりなしてくださいました。イザヤの預言には、イエスさまが私たちの罪を負い、私たちの罪の犠牲としていのちを献げられることが書かれています。

3.十字架の意味

私たち人は誰もが神さまの前に罪ある者です。十字架は、そんな私たちのためにイエスさまがご自身のいのちを犠牲にしてくださった出来事です。それは私たちが永遠の滅びから救われるためでした。この救いは、自分の罪を認め、悔い改めて(神さまに背をむけて歩む道から神さまの方に向き直って)、イエスさまを信じるすべての人に与えられます。なので十字架は、イエスさまを通して示された神さまの愛の現れです。この愛にこたえて、イエスさまを信じ、信頼して歩みましょう。心から感謝して、すべてお委ねいたしましょう。

2026329日 週報より 

2026年3月22日日曜日

苦しまれたイエスさま

聖書箇所 イザヤ書533-5

彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。イザヤ書535

1.イエスさまの苦しみ

イエスさまは、ご自身が多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえることを繰り返し弟子たちに教えられています。それはイエスさまの十字架の死だけでなく、その前に受けられた苦しみにも大きな意味があることを示しています。イエスさまがどのような苦しみを受けられたのかを聖書から見ていきましょう。

2.イザヤの預言

イザヤ書53章では、救い主イエスさまが人々にあざけられ、苦しみを受けることが預言されています。預言のとおりにイエスさまは、ローマの鞭で打たれ、いばらの冠をかぶせられ、あざけられ、激しい肉体的・精神的苦痛を受けられました。これは人の罪である残忍さと愚かさのあらわれでした。それと同時にイエスさまが罪あるすべての人の身代わりに罰を受けるためでもありました。

3.苦しみの意味

イエスさまの受けられた苦しみは、本来罪ある人が受けるべき神さまからの罰と懲らしめでした。すべての人は神さまの前に罪があり、そのため神さまからの懲らしめによる苦しみを罰として受けなければなりませんでした。しかし神さまは人に対して、御子イエスさまの十字架の死による罪の赦しを与えてくださいました。また、人が受けるべき罪による苦しみをすべてイエスさまに負わせられました。私たちはこの恵みによって神さまとの平和を確信し、心に平安が与えられて、神さまを信頼して歩むことができるのです。

2026322日 週報より