2026年11月8日日曜日

死の恐れからの解放

聖書箇所 コリント人への第一の手紙15章50-58節

というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者に よみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。Ⅰコリント15章52節

1.朽ちないからだを着る

神の国を継ぐためには、朽ちる地上のからだではなく、朽ちない新しいからだが必要です。終わりの日には、すでに召された信仰者も、その時生きている信仰者も、すべて神の力によって新しいからだが与えられます。地上のからだの上に、衣服を着るように、朽ちないからだつまり栄光のからだが与えられるのです。

2.死に対する完全勝利

死はこれまで、罪をとげとして人間を支配し、恐れや絶望を与えてきました。しかし、イエス・キリストによって、死の支配は完全に打ち破られました。終わりの日には、信仰者が朽ちない栄光のからだを受けることで、死はもはや何の力も持たなくなりました。感謝すべきことに、神さまは私たちの主イエス・キリストによって、私たちに死に対する完全なる勝利を与えてくださったのです。

3.堅く立ち続ける

キリストによる死への勝利は、将来だけでなく、今の信仰生活にも力を与えます。私たちは心や状況が揺れ動いても、変わることのない神さまのみ言葉に信頼し、堅く立って動かされずに歩めるようにされているのです。復活の希望を持つ者とされて、地上での労苦も決して無意味ではなく、主にあって無駄なことは一つもないと確信して大胆に今を生きることができるのです。

2026年11月8日 週報より

2026年11月1日日曜日

霊の救いとからだの救い

聖書箇所 コリント人への第一の手紙15章35-49節

天に属するからだもあれば、地に属するからだもある。Ⅰコリント15章40節

1.この世の知恵の愚かさ

人の理性では、死者がどのように復活し、どのようなからだを持つのかを理解することは困難です。しかし、理解できないからといって復活を否定するなら、人の知恵を神さまより上に置くことになります。パウロは、理屈に合うかどうかだけで判断せず、神さまには不可能なことは何一つないと信頼し、そのみ言葉を受け入れるのが信仰者の姿勢だと教えています。

2.見えにくい霊の救い

私たちは、キリストの十字架によって罪赦された後も、古い肉の欲や神さまから離れて行こうとする思いに悩まされます。しかも自分は本当に罪赦されて救われているのかという疑いを持つことさえあります。たしかに霊における救いは目に見えにくいものです。それでも神さまが与えてくださった救いの確かさを信じて、目の前の状況に左右されずに歩むことが大切なのです。

3.救いの完成

神さまの救いは、霊だけでなく、からだにおいても完成します。死者の復活は、古いからだがそのまま元に戻ることではなく、朽ちるものが朽ちないものへ、弱いものが栄光あるものへと変えられることです。神さまは、私たちの罪や汚れ、肉の弱さを完全に取り除き、キリストに似た、御霊に属する新しいからだを与えてくださいます。私たちは今の自分の弱さや罪との葛藤を最終的な姿と考えて失望する必要はありません。神さまは始められた救いを必ず完成させてくださるからです。それが私たちの消えることのない希望です。

2026年11月1日 週報より

2026年10月25日日曜日

復活の希望に立つ信仰

聖書箇所 コリント人への第一の手紙15章29-34節

もし死者が全くよみがえらないとすれば、なぜ人々が死者のためにバプテスマを受けるのか。Ⅰコリント15章29節

1.更に語るパウロ

パウロは、キリストの復活を否定する人々の矛盾と、誤った教えが信仰に及ぼす危険についてさらに語ります。人間の知識や理解を優先し、福音を自分の都合に合わせて変えてしまうと、信仰の本質を見失うことになります。私たちは、神さまのみ言葉に人の知恵を織り交ぜないで、教えが本当に神さまから出たものかを見極め、純粋な福音に信頼して歩む必要があります。

2.復活を信じないキリスト者の矛盾

「死者のためのバプテスマ」の具体的な内容はよくわかりません。ここではパウロが死者の復活を否定しながら死者のための儀式を行うことの矛盾を指摘しています。人の知恵を優先すると、神さまのお心から離れた儀式や教えが生まれます。そうなれば、福音本来のもつ力と恵みを味わうことはできません。私たちは人の考えによらずに神さまのみ言葉を素直に受け入れることが大切です。

3.復活がなければ空しい覚悟

パウロは、復活の希望がなければ、命の危険を冒す伝道も、祈りや礼拝、罪との戦いも無意味だと語ります。しかし、キリストの復活によって永遠の命と栄光の御国が約束されているからこそ、苦しみの中でも希望を持って歩むことができるのです。自分で福音を変えてしまうようなことが決してないように、神さまのみ言葉に根ざす必要があります。そのためには、誤った教えや交わりに注意しながら、復活の希望を力として信仰生活を続けることが大切です。

2026年10月22日 週報より