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2026年3月8日日曜日

主と一つの霊で歩む

聖書箇所 コリント人への第一の手紙612-20

しかし主につく者は、主と一つの霊になるのである。Ⅰコリント617

1.キリスト者の自由

コリントの人々は「キリスト者の自由」を、自分の好きなように生きてよいという意味に取り違えていました。しかしパウロは、罪に振り回されるのは自由ではないと言っています。本当の自由とは、罪から解放され、聖霊に導かれて歩むことです。肉の思いで世的なものにとらわれて、右往左往する状況は真の自由とは言えません。

2.神に用いられる道具

私たちのからだはもともと、罪に用いられる道具でした。しかしキリストのいのち(十字架の犠牲)によって、神さまに用いられる道具へと変えられたのです。そのからだを不品行に用いることは、神さまが尊い犠牲で買いもどしてくださったからだを汚すことになるのです。信じた私たちのからだは、神さま用の道具というだけでなく、すでにキリストのからだの一部分とされているのです。

3.主()と一つの霊

「食物は腹のため、腹は食物のためである」とは両者の密接な関係を示す例として取りあげられています。それと同じように、イエスさまを信じて救われた私たちのからだは、主である神さまのものとされて切り離すことのできない関係だというのです。「主と一つの霊」とされている私たちのからだは、不品行のためではなく、主である神さまのためにあります。それぞれのせいいっぱいで、自分の全存在を神さま用として差し出して、できることを忠実になしていく、これが神さまの栄光を現す生き方となるのです。

202638日 週報より

2026年1月1日木曜日

神さまが何を望んでおられるかを知る

聖書箇所:ローマ人への手紙12章2節

「何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、

かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。」

ローマ人への手紙122

1.みこころを知る理由

神さまのみこころを知る理由は、そのみこころの中を歩むためです。世と世の欲を中心に生きる歩みは滅びに向かいますが、神さまのみこころを行う者は神さまとの永遠の交わりに生かされます。神さまは祈りをきいてくださるお方です。ただしみこころにかなわないことにまで応えてくださるわけではありません。だから私たちはみこころを求めつつ、神さまの時を信頼し、また期待して待ち望むのです。

2.世と妥協してはならない

聖書は、神さまのみこころを知るためにこの世と妥協しない、世に調子を合わせないようにと勧めています。私たちはかつて世の価値観に流されていて、今もその影響を受けやすい者です。しかし、キリストを信じた者の内には聖霊がおられます。世の影響は肉の思いとして働きますが、聖霊はそれに逆らって働かれます。そしてパウロは「心を新たにすること」で世と妥協しない歩みが可能になるといいます。

3.心を新たにすること

信じた瞬間、私たちの霊は罪の赦しとともに完全に回復しますが、心はすぐには一新されません。世の影響や肉の欲が残るからです。しかし聖霊を意識して歩む中で、心は徐々に新しくされ、考え方や生き方が神に喜ばれるものへ変えられていきます。そうすれば、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかという神さまのみこころを、わきまえ知ることができるようになります。

2026年元日礼拝より