Sunday, May 30, 2021

キリストのために 

「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっている」                        ピリピ1章29節 

私達クリスチャンの国籍は天にあります。私達は、救い主イエスキリストさまに出会い、イエスさまを私のキリスト(=救い主)であると告白し、その時から、神さまの子どもとして認められ、神さまの家族の一員とされたのです。ですから、この地上が私達の住処ではないのです。私達は天国の住人と認められているのです。ですから、この地上に宝を積み上げることを働きとはしないのです。天の御国にその宝を積む者なのです。地上の生活は、天の御国へ行くまでの間に、その生涯を通して、父なる神さまの素晴らしい御名を、そのお働きをできるだけ多くの、まだ御国へ入る希望を確認しておられない人々にお証しする時なのです。その生活の中で、私達はキリストのゆえに、苦しむことをも頂くのです。「ただ、あなたがたはキリストの福音にふさわしく生活しなさい。そして、わたしが行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたが一つの霊によって堅く立ち、一つ心になって福音の信仰のために力を合わせて戦い、かつ、何事についても、敵対する者どもにろうばいさせられないでいる様子を、聞かせてほしい。このことは、彼らには滅びのしるし、あなたがたには救のしるしであって、それは神から来るのである。」(ピリピ1:27-28)と、パウロは励まして下さっているのです。何をするのにも、その努力の過程において、苦しくもがきあえぐことがあるものですが、「主の道」については、自我を固執しないで、父なる神さまのお任せして、お従い続けるなら、「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。」(へブル12:11)このお言葉に、弟子たちが経験して私達に伝えようとしている「主の訓練」の大切な意味が、経験者の言葉として記録されています。 

2021年5月30日 週報より