Sunday, September 12, 2021

 望みの門 

「行って、淫行の妻と、淫行によって生れた子らを受けいれよ。この国は主にそむいて、はなはだしい淫行をなしているからである」。                       ホセア書12節     

 このお言葉は、伴侶の不貞に耐えるようにとの勧めではありません。神さまがご自分の民から裏切られる痛みを、ホセアを通してあらわすという意味があります。

1.神さまは、どこまでも追い求め、愛し続けてくださる

ホセアは、妻のゴメルが不貞による2人の子供を産んだ後も、彼女を愛します。神さまも、何度となくバアルの神に心を寄せるイスラエルの民を愛し続け、バビロン捕囚を通して改めさせました。また、約束通りにイスラエルの国を再建されます。神さまは、何百、何千という歴史の中で、彼らをどこまでも追い求め、愛することを止められません。その神さまは、歴史の長さを深さに変えて、私たちをどこまでも深く、追い求めてくださいます。私たちの心がどれだけ深いところに沈んでいたとしても、神さまの御手が届かない場所はありません。いつもあなたの心の戸を叩いてどれほどあなたのことを愛しているか気づいて欲しいと思っておられます。

2.私たちは罪に向き合わなければならない

私たちの中で、神さまが喜ばれないとわかっていても、改められない部分はないでしょうか。アコルの谷は、罪を犯した者への神さまの怒りを象徴しています。しかし、それを望みの門として与えると言われています(ホセア2:15)。私たちが、私たちの中のアコルの谷に向き合うとき、神さまはその罪を赦し、愛でこたえてくださいます。すぐにできなくても、自分だけでやろうとしなくても、神さまがともに問題に向き合ってくださいます。そこを取り除いてください、取り除けるようにどうか導いてくださいと祈りましょう。

 2021912日 週報より