2024年3月10日日曜日

種まきのたとえ話は誰のため

聖書箇所 マルコによる福音書41-12

そして言われた、「聞く耳のある者は聞くがよい」。                マルコによる福音書49

1.弟子たちへの励まし

イエスさまは種まきのたとえ話をされました。ただしこのたとえが何を教えているかは、群衆には語られず、弟子たちだけに知らされています。イエスさまは、「弟子のあなたたちだけが、このたとえの4番目のタイプです。お言葉がしつかりと根付き、芽を出して30倍、60倍、100倍の実を結ぶ良い地とされた人たちです」と言われているのです。これは弟子たちとまた、私たち信仰者への励ましです。

2.聞きなさい

イエスさまは3節と9節で、聞くことを強調されています。ただ聞けば良いというのではなく、霊の耳で聞くようにと教えられています。それには神さまの前にへりくだる必要があります。まず自分が神さまの前にどんなに罪深く、おろかでみじめな者であるかを知り、そしてそんな無価値な者を神さまが選び、罪から解放してくださっていることがどれほどの恵みかを知ることです。罪ゆるされた私たちは聞く耳を持って聞き、神のみこころを行うものとされているのです。

3.神の国の奥義

「奥義が授けられている」とは、隠されていたものが、見えるようになることです。ここでの「神の国の奥義」とは、神さまの導きによる歩みです。それは霊的で目には見えません。しかしイエスさまが目に見える神さまとして来てくださったので、その導きが見えるようになりました。弟子たちが、神さまであるイエスさまから愛され、守られ、導かれていることは目で見て明らかでした。そんな弟子たちにイエスさまは、「もうあなたがたは多くの実がなる4番目のよい地です。その祝福された姿で人々に証しをしなさい」と語られています。

2024310日 週報より

2024年3月3日日曜日

あなたもイエスさまの家族

聖書箇所 マルコによる福音書331-35

神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」。          マルコによる福音書335

1.イエスさまの身内に対する態度

母と兄弟たちが来ていることを伝え聞いたイエスさまは、「わたしの母、わたしの兄弟とは、だれのことか」と返事をされました。これは、あまりにも身内に対して冷たい言葉に感じます。しかしイエスさまは、信仰さえあれば身内に冷たくて良いと教えられているのではありません。このお言葉にあるイエスさまの思いを見てみましょう。

2.目に見えない霊的な結びつきの大切さ

イエスさまはここで、「わたしの母、わたしの兄弟」をたとえとして用いています。イエスさまを信じた者同志が霊的にどれだけ強く、深いつながりになっているのか、それはこの世における私たちの肉親以上のつながりだと言われています。またイエスさまは信じた私たちをこの世の肉親以上に霊的なもっとも身近な関係として愛し、導き、見守りながら必要な助けをしてくださっています。それを「わたしの母、わたしの兄弟」という言葉を用いて表現されているのです。

3.神のみこころをおこなう者

イエスさまを囲んですわっていた人々(32)は、イエスさまの話を一生懸命聞こうとしていました。イエスさまは、「あなたがたはわたしの言葉を聞いて、従おうとする者です。わたしはあなたがたの霊的成長を見越して、神のみこころを行う者としています。そんなあなたがたは、わたしのもっとも身近な霊の家族です。」と言ってくださっているのです。イエスさまを信じてお言葉に親しみ、お言葉に従って歩もう、歩みたいので助けてくださいとイエスさまに頼る者は皆、みこころを行う者であり、イエスさまの霊の家族の一人となります。これは信じた者に欠かせない恵みの福音(良い知らせ)です。

202433日 週報より 

2024年2月25日日曜日

ゆるされない罪とは

聖書箇所 マルコによる福音書319c-30

しかし、聖霊をけがす者は、いつまでもゆるされず、永遠の罪に定められる。       マルコによる福音書329

1.真理を見えなくするもの

律法学者たちは、イエスさまが汚れた霊の力で悪霊たちを追い出していると言います。彼らは、自分たちの立場を守ろうとする肉の思いからイエスさまの奇跡を悪しき霊の内部抗争だと言い張ります。 肉の思いは私たちの霊の目もふさぎます。いつも聖霊を意識し、肉の思いを神さまに明け渡して、霊の目で見る必要を教えられます。

2.律法学者たちに示された福音

ここでイエスさまは、「悪しき霊たちも内輪もめすれば、自滅してしまうことは分かっているので、彼らもそのようなことはしない」とたとえを用いて説明されています。そして「わたしは悪霊よりもはるかに強い神の力で悪霊たちを縛りあげて、人々を神さまの支配の中に移しているのです」と伝えています。私たちはイエスさまを信じることで、神の前にある罪が赦されます。そしてサタンの支配から解放されるのです。さらにイエスさまのご支配のもとに移されて、そこで愛によって守られ、育まれ、祝福されるようになります。

3.聖霊を汚す罪

イエスさまを信じる者はどんな罪も赦されます。ただし例外があります。それは聖霊を汚す罪です。そのような人は永遠に罪人としてさばかれることになります。聖霊は真理を告げて人に罪を知らせます。この聖霊をばかにして汚す者は、自ら罪を認めてイエスさまのもとに行くことができません。だから罪赦されることは永遠にないのです。私たちはイエスさまを信じた瞬間から、内に聖霊をいただきます。この聖霊を意識して歩むようにしていれば、決して聖霊を汚すことはなく、神さまの赦しの中にずっと居続けることができるのです。

2024225日 週報より