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2024年11月3日日曜日

恵みを拠り所として

聖書箇所 マルコによる福音書1017-22

あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。  マルコによる福音書1021

1.疑問を持った青年

イエスさまにひとりの人が走り寄って質問をします。彼は役人をしている青年でした。そして資産家でもありました。また律法に基づいた決まりを守る熱心なユダヤ教徒でした。それでも永遠の命を受けて、神の国に入る確信はありませんでした。青年は、イエスさまを律法学者よりも権威ある先生と見込んで教えを求めました。

2.導きを悟れない青年

青年は努力の報酬として永遠の命がいただけると思っていました。そんな青年にイエスさまは十戒の戒めを示されます。青年が律法の前に自分の無力さ、罪深さを知って砕かれるように導かれたのです。そして「永遠の命は報酬ではなく、相応しくない者に与えられる恵みだ」と教えられました。しかし青年は恵みに目を向けられず、「それらは小さい時から守っています」と答えました。

3.資産を手放せない青年

青年の信仰の土台は、資産家としての物質的なゆとりでした。イエスさまは、信仰の土台は神さまの恵みであると教えるために「財産を手放してわたしに従いなさい」と言われたのでした。財産が悪だとしているのではありません。財産などの世的なものを信仰の拠り所にすると、神さまの恵みを土台にした信仰に立てないということなのです。青年は財産を最優先する心から離れられずに、イエスさまの前から立ち去りました。私たちはどうでしょうか。神さまの恵みによって救いをいただいたのに、いつの間にか世的なものを拠り所とした信仰になっていないか顧みる必要を教えられています。

2024113日 週報より

2024年9月15日日曜日

神さまの恵みを味わう

聖書箇所 マルコによる福音書99-13

しかし、人の子について、彼が多くの苦しみを受け、かつ恥ずかしめられると、書いてあるのはなぜか。                                                                    マルコによる福音書912

1.誰にも話さないように

イエスさまは「いま見たことをだれにも話してはならない」と言われました。イエスさまが神さまであるという事実は、今は三人の弟子たち以外には、つまずきになるということでしょう。人は霊的事実を霊の目で見ることができない時、理屈や知恵で理解しようとします。しかしそれは、勝手に事実を曲げて納得することです。私たちはそうすることで、イエスさまに従うことへの妨げとしてしまうのです。

2.霊的なひとり立ち

イエスさまが死なれることは、弟子たちが決して考えたくない、考えられないことでした。もっともっとイエスさまに頼って教えをいただきたかったのです。しかし神さまのご計画は彼らが聖霊を受けて、早く霊的なひとり立ちをすることでした。イエスさまは、「自分の思いによる計画ではなく、わたしが示すあなたの計画を自分のものとして受けとめて、それに従って歩みなさい」と言われているのです。

3.隠された神の恵み

イエスさまは、神であるキリストがどうして犯罪者のように捨てられ、殺されなければならないのかをよく考えるようにと弟子たちに示されました。そしてここにどれ程の大きな福音の恵みが隠されているのか、その恵みと祝福のすごさ、すばらしさに気づき始める者になりなさいと導いておられます。私たちは神さまから示される霊的事実の一つ一つを霊の目で見て受け取り、それらを積み重ねていきます。そうすれば、霊の奥深い所に隠されているすばらしい恵みを知って、味わうことができるようにされるのです。

2024915日 週報より