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2026年9月6日日曜日

愛の人となる

聖書箇所 コリント人への第一の手紙13章1-13節

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。Ⅰコリント13章13節

1.むなしい賜物

聖霊からの賜物は、教会全体の益のために与えられています。しかし、自己中心の心のままでその賜物を用いるなら、群れにとって全く役に立たないどころか、むしろ害となることが示されています。神さまが自分を愛し、必要な存在として置いてくださったことを受けとめ、愛をもって賜物を用いることが大切なのです。

2.愛ある歩みへ

どんなに立派な言葉や強い信仰、熱心な奉仕や犠牲であっても、そこに人を愛する心がなければ、教会の益とはなりません。信仰者は自己中心の生き方から解放され、自己尊重の思いに導かれる必要があります。そうして神さまに愛され、必要とされている自分を大切にしながら、さらに他者を尊ぶ歩みへと導かれていきます。この愛のある歩みこそが教会という群れを生かすのです。

3.御霊による愛

聖書が教える愛は、自分の力や努力だけでは実現できません。それなので、私たちは御霊に助けを求めます。御霊は、自己中心の私たちを少しずつ変え、神さまに愛されていることを教え、他の人を尊び愛する者へと育ててくださいます。私たちは信仰によって神さまを信じます。希望によって神の国を待ち望みます。そして御霊に与えられる愛によってこの信仰と希望がこの世での輝きとなり、信仰者の証しとされるのです。


2026
年9月6日 週報より

2025年2月9日日曜日

大切な霊の思い

聖書箇所 マルコによる福音書12章28-34節

また『心をつくし、知恵をつくし、力をつくして神を愛し、また自分を愛するように隣り人を愛する』ということは、すべての燔祭や犠牲よりも、はるかに大事なことです」。マルコによる福音書12章33 節

1.律法学者の質問

一人の律法学者がイエスさまの巧みな回答に感心して、「すべてのいましめの中で、どれが第一のものですか」と質問をします。彼は律法の専門家であることを誇らず、自分の立場にもこだわらない低い心の人でした。それは神さまの前に正しくありたいという霊の思いを大切にしていたからでしょう。彼は肉の思いの上にこの霊の思いを置いて、人を見ずに神さまを見て歩んでいました。

2.律法学者の応答

この質問にイエスさまは「神さまのお心は、あなたがたが神さまを愛し、隣人を愛することだ」と答えられます。この律法学者もイエスさまと同じ思いがあったので、「すべての燔祭や犠牲よりも、はるかに大事なことです」とすぐに応答できました。イエスさまのお言葉が、彼の中にある霊の思いを引き出したのです。私たちも彼のように霊の思いで反応する信仰者でありたいと思わされます。

3.ほめられた律法学者

イエスさまはこの律法学者をほめました。それは「あなたの答えは、神さまが語らせてくださったものだ」と悟らせるためであったと考えられます。信じた私たちは、「神さまに従います、従えるように導いてください」と願い求めて、自分自身を明け渡していくことが大切です。そうすれば、霊の思いによって神さまが語らせてくださり、そこにある神さまのお心を理解することができるのです。

2025年2月に9日 週報より

2024年12月1日日曜日

盲人の信仰に倣う

聖書箇所 マルコによる福音書10章46-52節

彼は「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」と叫び出した。       マルコによる福音書10章47 節

1.盲人の告白

エリコの町で盲人のものごいが、イエスさまに叫び続けます。「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんでください」との叫びは、彼の信仰告白でした。彼は、「救い主であるイエスさま、あなたは盲人の目をあけることもおできになります。あなたはすべてをご存知です。あなたのお心ならばあわれんでください」と叫び続けていたのです。イエスさまはこの告白に急ぐ足をとめられたのです。

2.盲人の確信

彼は、イエスさまが呼んでおられると聞いたとたんに、踊りあがって喜びました。彼はこの時もうすでに目が癒されることを確信していました。イエスさまが通られる唯一の機会を、彼は恵みの時としたのです。ものごいの境遇と戦いながら、それでも彼は救い主を心から待ち望み、神さまのあわれみが注がれることを信じ続けていました。イエスさまは、弟子としてのあるべき信仰の姿をこの盲人に見ておられました。

3.盲人の信仰

この盲人はただ神さまのあわれみにすがりました。「神さま、あなたは私のことをすべてご存知で、こんな私にも恵みを与えるあわれみ深いお方です。その恵みを私に受け取らせてください」。これがこの盲人の思いでした。イエスさまは「あなたのその信仰によってあなたは助けをいただいたのです」と言われたのでした。これまで霊の目で信じてきた彼は、この時から見える目で、イエスさまを仰ぎ従いました。私たちも「お心ならばあわれんでください」という盲人の信仰に倣って歩む者とされましょう。

2024年12月1日 週報より